ゆるゆるぬくぬく ひだまり's Life

「生きる」は、きっと子どもの頃の“あの”「夢中にあそぶ」〜〜わたしが人生の強制終了にあってから、もう一度、そこ、「生きる」に還るまでの道のりを、感覚的に感じるstory=魂の響きのままに綴っています。突っ走っては転んでつまづいて落っこちて、そんな今です。

どこから「感じる」に優劣がついたのだろう。。 〜“ヘルパー”な由縁〜追記

これは

わたしの思い込みなのだけれど

 

カウンセリングって

先のために、って「同意」が

そこにある氣がする

 

「根強い」って感じ、、

かな

 

 

反発や

抵抗

 

いやいや

もやもや

むかむか

ぐるぐる

ピーーーーーー(フリーズ)

 

どれだって

 

今在るのなら

そこに有るのだ

 

 

いやいや

むかむか

etc

 

そうなるのは得策じゃない感じがするのは

お母さんへの大切な想い

じゃないかな

 

 

ほっといて

自動的にそうなることが

 

いま、大きく作用している情動を

そこでイマ感じること

 

みれば

きけば

氣づけば

 

あとはアチラがこうじてくれる

 

※アチラって

わたしが想うのは脳、そこの無限のチカラ

もちろんその先にはスピ…な領域も含まれるのかもしれないけれど

 

 

いいか、わるいか

求められているかどうか

わからないけど

 

出逢って「みえた」ってことは

わたしゴト

 

ご縁

 

 

そう想ってしまうんだよね

だから

 

だから

 

ヘルパー

 

 

 

そして

すべてを等しく受け止めている状態が

調和に

一番近いんじゃないかな

 

大いなる領域(エリア)に

一番放り捨てられがちな

いやいや

むかむかetcを

 

ひとりひとりが

大切にしはじめたとき

 

争いが癒される

 

そんな風に

想うのです

 

 

 

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