ゆるゆるぬくぬく ひだまり's Life

「生きる」は、きっと子どもの頃の“あの”「夢中にあそぶ」〜そこに還るまでの道のり。突っ走っては転んでつまづいて落っこちて、そんなわたしの今です。思いっきりあそぶ今をすべてと共に。

おもいだす

ここ半年ほど
わたしにしては不慣れな「考える」ということを
随分と一生懸命に取り組んでみていた氣がしています。


いや、やってみて、
じぶんがこれまで如何に考えなしに生きてきていたか実感しています。。



近年の生き方や在り方論の中で

まるで「考える」ことは、なんだか良きことの妨げになっているかのように
ちょっぴりワルモノのように扱われていないかな。。
いけない事のように思い込みがちな方々がいないかなあ。。なんて思います。

ひとには他の動物よりも長けた
「考える」という能力が与えられています。

もともと、この精巧な巧妙な、見事な機能が標準装備されている訳です。


ただ、あまりにもその機能が精巧過ぎて

使い方を誤ってしまったり
捉え方を間違ってしまったり
機能自体に振り回されてしまったり

なんて事が起こってしまうのかもしれませんね。。


ここへ来てやっと「考える」との付き合い方や
その大切さが捉えられてきたような氣がしています。

けれどもまだシンプルに自分の言葉で語れるまでに至ってはいなそうです。


そこで今日は
「考える」の使い方の大間違いの一例をご紹介できたらと思いました。

*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

わたしがはじめにハマった罠、それは

 本来、考えたりするようなものではない事を
わざわざ思考で捏ねくり回しちゃう

というもの。

わたしにとっては、


「信じる」
「心をひらく」

ということについてでした。

人によって、

その人がどの状態にあるのか
何を求めているのかによって

使い様が異なるのかもしれません。



「信じる」
「心をひらく」

って、どういうことだろう???

どうやったら
何をどうしたら

「信じている」

「心をひらいている」

という状態になれるんだろう???


も〜〜ぅ、考えれば考えるほど迷宮に入ってしまいました。。



いまになれば、
やりたかったんだもの、仕方ないよね。。
周りからみたら突っ込みどころ満載だっただろうな。。
そうつくづく思えます。


けれどもその時は
とにかくとにかく一生懸命でした。。

そして行き着いたのは、

「信じる」
「心をひらく」

ということは、
考えて捉えられたり

行いを何か新たに付け加えたりする類いのものではなく


ひとに本来備わっている能力であり、


【おもいだす】ものだった

というところでした。



そこに立ててみれば
わかりました。
そんな事は疑いようのないことだと。


だって、あんなに無防備な状態で産まれてこられる生物なんてそういないですよね。。

そして、心をひらいているからこそ
あんなにもみんなを歓びに、幸せに、誘ってしまう存在なんでしょうね。。



もし、これを読んでくださった方の中にも

じぶんを「信じる」
ひとを「信じる」

「心をひらく」

ということが今、自分の身にないもののように感じている方がいたとしたら


おもいだすことが出来ますように(^人^)<3

∞    

今日もすべてのひとが  
今一番しあわせの場所にありますように   

∞             ∞             ∞             ∞

ゆるゆるぬくぬく ひだまり's Life    

すべての輝きと共に  
あなたを超えてあなたを愛してもいいですか? 

    魂のヘルパー ひだまり   

nukunukuhidamari333@gmail.com   

∞             ∞             ∞             ∞

f:id:nukunukuhidamari:20160527155254j:image